一口に「団地」と言っても、住宅団地以外にも工業団地、農業団地などが あります。詳しい定義はWikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/団地)などを参考にされるといいでしょう。
 また住宅団地でも、戸建ての住宅群に対しても団地という名称が使われることがありますが、当サイトで扱っている対象が 耐火造の積層集合住宅なので、そちらをメインに、登場する経緯と時代背景による変遷について考察してみます。  



集合住宅団地の黎明期〜同潤会の時代

 長屋町を含めた集合住宅となると、戦国期や江戸期の町屋、足軽長屋などが 一番古いかもしれませんが、一般的に日本における集合住宅の誕生は関東大震災 前後といわれているようです。 すでに明治の後期から大正時代にかけて、都市化が進行しており、農村部から 都市部への人口の流入は止められない勢いになっていて、そういう人達の住宅問題は深刻な状態になっていたのでした。こうした状況下において、横浜の中村第一共同住宅館(1921)などの公的機関の住宅供給が始まる一方で、狭い空間の中に過密な木造の長屋が 建ち並ぶ、いわゆる不良住宅といわれるものも増加し、ひとたび火災でも起こった日には どうなるのか、という状況の中で関東大震災が起こったのです。

 政府は震災の復興事業のために義援金を基に財団法人同潤会を設立しました。 同潤会は当初は復興のための被災者住宅の建設を行っていたのですが、後々 様々な住宅に関する研究開発等を行うようになります。そしてそれは中層住宅 の研究にもつながり、集合住宅団地の供給の母体となっていくわけです。      
 時期的にも欧米において「田園都市論」(ハワード/1902)、「近隣住区論」(ペリー/1923)等の住宅計画論が盛り上がり、日本においても、長崎の端島(軍艦島)坑員住宅 (1916)や、東京市の古石場住宅(1922)等、耐火造のRC造アパートの建設が 始まり、同潤会が焦土と化した首都に新たな都市を計画するに十分な条件が 整っていたといえるかもしれません。   

 同潤会の業績については、多くの書籍やそういうサイトで語られているかと 思いますので割愛しますが、同潤会によって建てられた、これらの集合住宅は後の「団地」に影響を与えたばかりではなく、欧米風の生活様式をも輸入することとなり、日本の生活様式に変化を与えるものとなったのです。

住宅営団時代

 その後、集合住宅供給のパイオニアとなった財団法人同潤会はその役目を終え解散し、その事業は住宅営団に引き継がれます。時代は戦時体制へと移行し、当初は庶民住宅の供給を目的としていた住宅営団も、軍需産業のテコ入れとともに軍需会社の労務者住宅等へと移らざるをえず、その質も意匠性の高い、同潤会の住宅とはほど遠い簡素で無個性な画一的なものとなってしまいました。こうして住宅営団は十分な成果をあげないまま終戦を迎え、1946(昭21)に戦争協力団体として、GHQにより機関閉鎖されました。

戦後復興期〜公営住宅の登場


 戦後住宅営団が解散した後、営団によって管理されてきた土地、住宅は民間に払い下げられ、しばらくは住民達の共同管理のような形をとってきましたが、戦災による住宅消失、復員や引き揚げによる世帯の増加による住宅不足は約420万戸とも言われ、戦災復興も一段落してくると、総合的な住宅の供給体制が模索されました。昭和22年の都営高輪アパートを皮切りに、その後全国各地で続々と公営アパートが造られ、標準設計が採用され近隣住区論が用いられる等、今日の団地の形が徐々に形成されていくことになります。
 昭和25年(1950)に住宅金融公庫が発足、翌26年には公営住宅法が施行され、 地方公共団体による住宅協会や、住宅供給公社が設立され、金融公庫の資金の基に 住宅が供給されるシステムが確立されました。 そして昭和30年(1955)には、同潤会、住宅営団、公営住宅のノウハウを集大成 した日本住宅公団が設立され、高度経済成長時代の急速な人口増加に対する住宅供給の役割を担っていくことになり、団地史においても新たなる1ページが加えられることになります。  

戦前および戦後復興期
年代
集合住宅史
時代背景
1916  日本初のRC造アパート(長崎軍艦島)  
1919  公益住宅融資制度  
1921  日本初の公営木造アパート(中村第一共同館)  
1923  日本初の公営RC造アパート(市営古石場アパート) 住宅組合法・借家借地法  関東大震災
1924  財団法人同潤会発足  
1925  お茶の水文化アパート 同潤会代官山アパート  
1927  不良住宅地区改良法  
1931    満州事変
1932  同潤会江戸川アパート  
1940  同潤会解散、住宅営団に吸収  
1941    太平洋戦争開戦
1945  住宅緊急措置令  終戦
1946  地代家賃統制令  
1947  都営高輪アパート  
1950  住宅金融公庫法  
1951  51C型プラン 公営住宅法  
1953  市営古市中団地 都宮益坂アパート  
1955  日本住宅公団発足  



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